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難病情報センター
お久です^
(いつものようにプログラム作ったりとかしてました。以上)

さて、久々にココロノートですが、
前にちらっと話した病気に関する話題です。

今日(心理作業r)病院から帰って父に「※自立支援」について
話して、役場に行ってきました。

※自立支援とは、精神病患者(私)が世帯収入に応じて
医療費を減免されるという制度のことです。

その帰りに、父が何を思ったのか父の友人の家に
寄っていくことになり、(やや渋々)寄っていきました。
(父が余計な話をしていると思うので;;;
・・・ぇぇぃ、これもエクスポだ!!(何)


話題は私が罹った病についてで、(どう伝わったのかは
わからないが)難病認定されると減免が発生するらしいというものでした。
(ここで、はっきり言っておきたいのは「前の病気と今の病気は
関係していない」ということですが、ややこしいことにこれが論点に・・・)

―中略―

Bickerstaff型脳幹脳炎は病院で「難病の一つ」と説明を
受けていますが、減免については話をされていません。
(調べたところ、厚労省の難病認定には似た病の
フィッシャー症候群やギランバレー症候群がありましたが、
脳幹脳炎はされていませんでした。特定疾患の場合には
ほとんど掛からない・・・(?)ともかかれていましたが、
それ以外は見つけられませんでした)

・・・。

ってかそういえば、まだどんな症状がでたのか
まとめていませんでしたね。。。

私の場合は以下の症状が出ました。

・風邪諸症状(だるさ、熱)
・四肢麻痺(腕が特に)
・筋力低下(寝返りも打てないほどに。しかも脱力)
・言語障害(言葉が出ませんでした)
・嚥下障害(水も飲めません)
・呼吸困難(苦しかったです)
・意識障害(搬送中に意識不明です)
・眼筋麻痺(入院中に判明。眼だけを動かせますか?)

そして、(恐らく)自然治癒とリハビリにより機能を回復しました。
傷痕は残りましたが。。。

(うつ病+社会不安は性格ゆえの中学校以来の持病です。(・・・多分)
本件には多分関係ないと思います)

・・・で、結局何を書こうとしたのでしょう。。。むぅぅ。
by mu-tan_theta | 2007-12-19 01:57 | ココロノート
席を外していました; ―(退席中)
Say.It's literal.(欧米か!!;
(本格的にやろうとVisualBasicを始めたもので;
ちなみに↑の訳は「はい。文字通りです」かと。恐らく;)

最近、心理作業療法へ行ってまして、
(週2回ですが)慌しくて書いていません
でしたorz
(病院のほうは、カウンセリングがそろそろ
終わりそうです。解決はしきれていませんがw;)

ぃゃー、それにしても・・・
入院した時の事がここまで長引くとは思って
いませんでした。。。(まぁ、半年ぐらい入院してましたし)
―読むほうも書くほうも少し疲れてきています。よね?―

あの病気は本来は復帰まで1年ぐらいは見たほうが・・・と
言われていたものを「驚異的回復力」と「諸々の事情」で
早めに出てきました。

(もう一言言わせて貰うと、「あの病は山を越えれば基本的に
回復して特に問題も出ない(・・・だろう)」と言われていましたが)

・・・書くほうも(いろんな意味で)しんどくなってきたので
この話題の続きは時々、書いていきたいと思います!
(勿論黄色で、タグも付けて)

・・・何だか、書き終えてから書こうと思っていたことも
若干でては着ていますが。。。まぁ、そんなこんな(^ー^;
by mu-tan_theta | 2007-10-18 00:00 | ココロノート
思わぬ罠
ガタガタガタ・・・ Σ(゜д゜;||| ぎゃー

最近、雷の音に敏感になりました。。。
(特にバックアップをとる前とか)

と、言うわけで
多忙&天候不順で書けませんでしたorz
(理由にもなってません。。。
ちなみに、雷が鳴り始めたときに最近は
LANケーブルを抜いて(タップの)電源を切り、
バッテリで作業をしています
!)

さて、早速書きましょうか。
(過去についての記述はわかりやすく黄色く
していますb)

―――

進んだリハビリをするために、別の病院へ
転院することになりましたが、協力病院からは
受け入れを拒否されたため、(某有名)大学病院へ
転院することとなりました。

また、その病院ではまずはじめに個室へ通されて
後日の検査結果では「MRSA(院内用語で「M」)」に
感染していると判明し、しばらくの間※半隔離状態で
過ごす事になりました。。。

※接触感染なのでまず、アルコール消毒と嗽が徹底されました。。。
さらに、院内の徘徊も禁止されました。後に解除されますが、
原因も分からなければ特に対処(治療)された憶えもありませんOTL

余談ではあるが、この病院ではパソコンの持ち込みが可能
だったので途中で持ち込んで作業(主に作曲でMortuaryや
現在の曲の基になった曲を創ったりしてました)をやったり、
音楽(DVDも)で気を紛らわせたりと活躍してました。

そして、1週間後(くらい)からはリハビリが始まりました。
はじめはまず、閉塞カニューレ(話せる)を長く付けていられるように
することから始まりました。
閉塞カニューレは今まであまり付けていなかった(というのも、これは
今まで酸素濃度が低い状態にあったため、2箇所で呼吸していたものを
一箇所にすることで話せるものなので、急にやってしまうと呼吸困難

なってしまうため)なのでここから徐々に話せるようにもっていこうという
ことから始まったわけです。

それから1・2週間後(くらい)には、長く付けていられるようになったので
リハビリは次の段階へと進みました。

リハビリはここから今までの2種類(運動療法と言語療法)から作業療法が
増えて3種類となり、さらに忙しくなってきました。
運動では「車椅子なしで歩けるようになること」、言語では「嚥下障害(飲込み
に関する異常)の克服」、作業では「文字をかけるようになる」を目標に
訓練をしてました。。。(続)


病名
by mu-tan_theta | 2007-10-15 03:00 | ココロノート
リハビリ

耳鼻科病棟に移ってからは、
麻酔も使われなくなり、比較的
自由が利くようになりました。
(まだ、座ることはできませんが)

この頃から検査が少しづつ増えて
いきました。
眼球運動(始めのうちは顔も同時に
動いてたっけ;)や検温、酸素濃度の
測定、栄養カテーテルの交換(内視鏡
みたいに鼻からはいってました。。。)
カニューレの交換・・・(ry

そして、体調も安定してきて1週間後
(くらい)からは運動と言語のリハビリも
本格的に始まりました。
運動療法では自力で起き上がることを目標に
また、言語療法ではカニューレをつけたまま
話せることを目標に訓練が始まりました。

どちらも、時間は掛かりましたが
運動のほうはクリスマスくらいには大体
できるよう(車椅子に乗れるまで)になり、
医者からは「驚異的な回復力ですね」と
まで言われるようになりました。
(運動のほうはさらに進んで、年の最後には
立てるようになるまでいきました。さすがに
歩くのは危険でしたが)

車椅子に乗れるようになってからは、
院内もちょくちょく廻ってました。
お気に入りは外の見える窓で
夜になると夜景を見ながら物思いに
耽るのが好きでした。(外に出たいなぁ、と)

そのうちに、さらに進んだリハビリをするために
リハビリ科のある病院に転院することが決まり
正月過ぎの次の年には転院しました。
(転院する審査のためや移動には救急車で
移動しました。。。元気のあるときの救急車は
乗り物酔いしそうでしたorz) ・・・ (続)


その時の日常
by mu-tan_theta | 2007-10-13 02:18 | ココロノート
補足情報(ぇ
さて、昨日の記事を読んでいて
いくつか重要な項目が抜けていた
ので、書いていきます。

えっと・・・まず、回復する前ですが、
あと2・3日が山です」と医者から
言われたそうです(これは、私に対して)
(そして数日後に、私の隣に寝ていた
親戚が息を引きとったそうです;)


次に、見当はついているかと思いますが、
ここでの回復とは、炎症がひいたことを
指しています
。・・・なので、体を動かすこと
だけでなく話すこともできません。移動は
勿論ベット移動でした。。。
(栄養は点滴から栄養カテーテルで胃に直接
送る方法に変わっていたようです)

気孔切開手術後は喉に穴が開きましたが、
このままだと大変(ぃゃ、自然に閉じるだけ;)
なのでカニューレという器具を付けました。
―後にこれのお陰で話ができるようになります―
開いたときには痰などが沢山でてきたそうです



・・・何だか、日本語がだんだん怪しくなって
きたので今日は一旦これで(ぉぃぉぃ;
―ぁ゛ー#・・・疲れたorz(´ー`)ノ―
by mu-tan_theta | 2007-10-11 23:18 | ココロノート
空白の時間(トキ)

着いた先の病院のMR検査でも、
やはり「原因不明」だった
ようです。
(ただ、脳幹部で炎症が見られたため、
髄液を採取して検査機関へ運んだ
らしいです)

そして、私は内科・脳外科・耳鼻科の
医療ミーティング(?)により、全身麻酔で
眠らされることとなりました
。。。
(この間、他に施された処置は「人工透析」や
「生命維持装置の装着」、「点滴」
でしたが
もちろん本人である私には一切記憶が
ありません。また、この時にお見舞いに
来られた方からは「見ているだけでつらい」と
言われました)

全身麻酔の数週間後(恐らく)、一旦麻酔が抜かれ
目を覚ました私ですが、この時視覚のほとんどを
失っていたのでこの時の記憶も疎らです。
(途切れ途切れに麻酔を抜かれているので記憶が
断片的なんです・・・)

この時の記憶は「見えますか?」と聞かれた事や
「親戚がお見舞いに来た」ということぐらいです。

ある程度視力が回復してからはテレビを持ってきて
貰うよう頼んだり、看護士さんとの会話をしていたことを
何となく憶えています(内容までは憶えていません)。

ただ、完全に直ったということではなかったので
何回かは個室と緊急医療室を往来してた
聞いています。
(その内の一回は、親戚の人に足をくすぐられた
ということと、部活の先輩が来たが母に追い返されて
しまったということも憶えていますorzそれとこの時は
熱が出ていたようで「熱い!」と暴れたことも何となく;)

そうしているうちに、回復して今度は耳鼻科へ入ることに
なりました。(呼吸の関連で。気孔切開手術もされたようです)

・・・(続)。


コラム
by mu-tan_theta | 2007-10-10 23:45 | ココロノート
あの出来事(何;
(2回目・・・じゃなくて3回目の投稿w;)

・・・そんなインフルエンザにも負けず、
学生生活を送っていました。
(勿論、吹奏楽もやりながら♪忙しく)

私の学校(他はどうなのかわかりませんが)では
2年生になると修学旅行に行くようでした。
(場所はこの年は沖縄に行ってきました。
勿論写真もいっぱいあります!)

私は北海道に住んでいるので、温度差などの
不安はありましたが、何とか無事に行って帰って
くることができました(お土産は・・・私はあまり友人が
いない(と思い込んでいた)ので親の分しか買いません
でした
orz ・・・何しに行ったんだろうw;)。

そして、北海道に戻ってからは・・・案の定風邪を引いて
しまいましたorz
(この時も、インフルエンザと同じように横たわってしまう程
だるかったことを覚えています
(「またか。」と思いました))
この風邪は、1~2ヶ月(ぐらい;)続いて、「まぁ、いつものことか」
と思っていましたが、この後とんでもない事態になりました。。。


原因不明の病気
by mu-tan_theta | 2007-10-09 23:47 | ココロノート